家族信託の利用が出来ない又は必要のない可能性

 家族信託は、平成19年の信託法改正により可能となった新たな仕組みであるため、この対応に金融機関が追い付いていない側面があります。一方で、高齢者の増加とともに認知症者数も増加し、資産凍結問題が社会的なものとなっていることに対応した金融機関の動きもございます。
 こちらでは、こうした環境下において、実際に家族信託の利用をご検討されている方向けに知っておいて頂きたいことをご紹介致します。なお、本記事作成時点の情報であり、金融機関によって差異はあるかと思いますが、随時アップデートされていく類のものであることをご了承下さい。

家族信託の利用が間接的に出来ない可能性

 金融機関からの借入があり、その担保権(抵当権や根抵当権)がついた不動産を信託する場合、信託契約の前提として、金融機関の承諾を取り付ける必要があります。これは、自宅や賃貸アパートといった不動産を信託財産とする場合、信託契約によって、不動産の名義を受託者に移すこととなるのですが、この不動産の名義の変更を金融機関の承諾なしに行うと、残債務の一括返済を求められるリスクがあるためです。(融資・担保契約時の契約内容によるため、実際には、契約書の確認又は金融機関への確認が必要です)

所有権移転の承諾を出さないことがある

 実際に、私の携わった事案において、信託契約に基づく所有権移転を認めなかった事例があります。都内の地銀なのですが、担当レベルから本部への照会に回った上で、「家族信託について、会社としてよく理解出来ていないため」との回答で、信託に基づく所有権移転を承諾しないとされたものです。
 この回答により、お客様は、家族信託を断念するか、一括返済するかの判断をせざるを得ないこととなります。本事案では、手持のキャッシュが少なく、収支状況を鑑みると、将来大規模修繕が必要となった場合には、新たな借入が必須となる状態でした。もしも、その段階で認知症になっていたら借入が出来ないこととなり、大規模修繕が出来ないこととなってしまいます。そのため、何としても家族信託をしておきたいというのが、お客様のお考えでした。

借換による対応

 本事案では、借換により既存の借入を一括返済することで、家族信託の利用を可能とすることとなりました。ただ、借換により、若干利率が増し、また、一括返済時に手数料を取られることとなりました。借換というのは、本来、利率の差額を利用して総返済額を圧縮するために利用されるものであり、こうした使い方はイレギュラーでしょう。本事案では、たまたま、残債務が大きくはなかったことから、借換による総負担額に目をつぶる決断が出来たものであったかと思います。
 一部金融機関による借入をされている方は、間接的に、家族信託を利用出来ないこととなってしまう可能性があることをご留意頂ければと思います。

家族信託が必要か。金銭のみなら、金融機関の代理人届制度がある。

 家族信託は他の制度と異なる利点のあるものですが、ご自身にとって、家族信託が最も適切かについては、他の制度と比較検討する必要があります。他の制度とは、後見制度のみを指すものではありません。こちらでは、異なる方法についてご案内致します。

 認知症になると、その程度によっては銀行等口座が凍結されるリスクがあるのは事実ですが、これを避ける方法としては、家族信託や後見制度以外にもあります。それが、一部金融機関で対応されている、代理人届制度です。この制度の名称、内容ともに、金融機関ごとに差異があるのですが、要は、事前に届け出を行うことで、指定した人が代わりに本人の 預金取引を行えるというものです。仮に、銀行等口座凍結を避けるのみが目的であれば、この届出を行うのみで対応することも選択肢として検討された方が良いでしょう。

預貯金凍結対策のみが目的でなければ、金銭のみの家族信託もメリットがある。

 金銭のみの信託(イメージとしては預貯金の信託の表現が分かり良いかと思いますが、預貯金を信託することは出来ないため、実際には、預貯金からの振り込みや引き出しによって、あくまで金銭を信託することとなります)は、先にご説明しました通り、認知症に伴う預貯金凍結対策としては、代替手段がございます。では、不動産を信託財産とするのでなければ、家族信託の意味はないかというとそうでもございません。幾つか例を挙げてみます。

金銭管理に監督機能を付けたい場合

 一部金融機関における代理人届制度では、その代理人が預貯金をどのように使うかについてのチェック機能がありません。裁判所の関与する後見制度ですら横領がなくならない中で、一切の監督機能が働かないこの方法には、客観的に見ればリスクが高くあると言えます。
 家族信託では、委託者や受益者の判断能力が低下し、自ら受託者の監督が出来ない状態になっても適切な監督が続けれられるように、信託監督人という地位を設けることが可能です。このような形を取ることで、金融機関の代理人届制度とは異なり、監督機能付きの金銭管理を実現することが可能です。
 つまりは、金融機関の代理人届制度では、ご本人の判断能力低下後は、適切な金銭管理の監督が働かない恐れがあるが、信託監督人付きの家族信託であれば、監督機能を維持できて安全ということです。
 なお、この信託監督人を弊社ではサービスとして行っており、金銭のみの家族信託の場合には、一律、年間29,800円(税抜)にて提供しております。(本記事執筆時点の料金)家族信託組成費用等まで併せてご確認されたい場合には、自動見積をご利用下さい。

財産の国庫等帰属を避けたい場合

 家族信託の利用を検討されているAさんには、妻Bさん、子Cさんがいたとします。Cさんには障害があり、財産の管理が出来るような状態ではなく、遺言等を行える状態ではないとします。また、Aさんには、甥Dさんがおり、Dさんには、Dさんの子Eさんがいたとします。
 Aさんは、自身の判断能力が低下した後も、妻Bと子Cの金銭的に困らないようにしたいと考え、これを、Dさんにお願いしたいと思っています。
 このような事例において問題となるのが、妻Bさんと子Cさんが亡くなったあとに残ったAさんの遺した金銭の行方です。Cさんには、相続人がいません。(将来的に、Cさんが結婚する、子が出来るといったことがあれば別ですが)そのため、財産は、一定の手続きを経て、最期に残った財産は国に帰属することとなります。
 Aさんが、例えば寄付をしたいだとか、面倒を看てもらう予定のDさんの子Eさんに最終的には渡したいなど、国へに自身の財産がいってしまうことを良しとしないような場合には、家族信託を利用する他に方法がありません。
 家族信託は、信託財産の承継について、先の先といった形で、承継先を決めることが出来ます。上記の例で言うと、Aさんが亡くなった時、Bさんが亡くなった時、Cさんが亡くなった時のそれぞれで信託財産の承継先を決めることが出来ます(一定の制限がありますが、ここでは割愛致します)。遺言等では、自身が亡くなった時のことまでした決めることが出来ないのに対する、家族信託の大きな違いの一つと言えます。
 以上のように、ある程度限定的な場面とはなりますが、このような場合には、財産が金銭のみであっても、家族信託が有用です。なお、最終的な信託財産の帰属先は、寄付等ではなくEさんとすることも考えられます。

まとめ

 家族信託を利用される際には、法律面や税制面だけでなく、実際の手続き上の問題を把握し、一方で、家族信託が本当に自身の抱える課題解決に適しているかを検討した上で選択する必要あります。
 とは言え、ご自身で全てを正確に調べるようなことは非現実的ですので、一人で悩まずに、相談してみましょう。